かつてKevin SystromらがInstagramを世に送り出した黎明期、このアプリは日常の美しい瞬間をスクエア写真で分かち合う、純粋で牧歌的な広場だった。そこには複雑なプライバシー設定も、相手を監視・選別するような重たい機能も存在しなかった。
しかし、利用者が世界規模に膨らみ、日常の人間関係そのものが同期される社会インフラへと変貌を遂げたことで、プラットフォームは「距離を置く権利」を精緻に作り込まざるを得なくなった。誰かを拒絶する機能の充実は、皮肉にも人々が繋がりすぎたことによる息苦しさの裏返しでもある。
スマートフォンの画面越しに誰かの近況を眺められる便利さは、知らなくてもいいはずの他人の本音や変化まで可視化してしまう。シャットアウトという選択肢は、肥大化したコミュニケーションから自意識を守るための、現代的な自衛手段として定着した。