キャリアの絶頂期にありながら、生活の拠点をオーストラリアのメルボルンへと移した決断は、当時多くのファンを驚かせた。しかし、異国での子育てや現地での生活、日本語教師としての活動など、日本のエンタメ業界から一歩離れた場所で重ねた年月は、彼女にとってかけがえのない財産となった。
言葉や文化の異なる環境で「一人の人間」として生きた経験は、彼女の芝居に圧倒的なリアリティと柔軟さをもたらした。帰国後に再開された表現活動において、以前のシャープなキレに加え、包み込むような温かみが加わった背景には、豪州での生活で培われた広い視野が存在している。