娘の病気と障害は、彼女自身の人生観を大きく変える契機となった。「なぜ障害を持つ人々が生きやすい社会になっていないのか」。個人の努力だけでは解決できない制度上の限界を感じた彼女は、40歳を過ぎてから法政大学大学院へと進学し、雇用政策や労働問題を専門的に学んだ。
修士課程を修了した後は、跡見学園女子大学で客員教授を務め、若い世代にキャリアや福祉の重要性を講義。その実績が評価され、内閣府が主導する「一億総活躍国民会議」の民間議員に抜擢された。障害者福祉の充実や多様な生き方が認められる労働環境の整備について、当事者の親としての実感を交えて提言を行った姿は、社会に大きなインパクトを与えた。