ノコギリクワガタ属を語る上で避けて通れないのが、「多型現象(ポリフェニズム)」の不思議だ。同じ種でありながら、成虫のサイズや大顎の形状が劇的に変化する。一般に、大型個体は「大顎が優美に湾曲する水牛型の『大歯型』」、中型個体は「直線的で小刻みな鋸歯を持つ『中歯型』」、小型個体は「短く直線的な『原歯型(小歯型)』」と呼ばれる。
国立科学博物館の展示や日本甲虫学会の研究発表でも度々取り上げられるように、この多型性は単なる個体差ではない。昆虫学者として知られる岡島秀治氏らをはじめとする専門家たちの研究でも示唆されてきた通り、幼虫期の獲得栄養量や代謝スピードがホルモン分泌をコントロールし、大顎の形成遺伝子のスイッチを切り替えるのだ。近年解明されてきた驚愕の生態データによれば、大歯型個体は樹液場でのテコ原理を活かした戦いで圧倒的な優位性を発揮する反面、羽化時のエネルギー消費や飛行時の空力抵抗というリスクを背負っているという。