教林坊の開創は推古天皇13年(605年)、聖徳太子によって創建されたと伝えられる。太子自らがこの地の巨石群の間で説法を行い、法を説いた林であることから「教林坊」と名付けられた。本尊の赤川観音(願掛け観音)は、聖徳太子自らが岩に刻んだ石仏とされ、古くから厚い信仰を集めてきた。
中世の戦乱期には幾度かの荒廃を経験した。織田信長による焼き討ちや激動の歴史に翻弄されながらも、江戸時代初期に天台宗の僧侶たちによって再興が果たされる。現在に残る茅葺きの本堂や書院は、その再興期の息吹を色濃く留めた貴重な遺構だ。静まり返った境内に立つと、1400年もの間、幾多の戦乱を越えて守り継がれてきた祈りの重みが肌を伝ってくる。