日教組とは何か?戦後教育の黒幕か現場の防波堤か、実態に迫るの基礎知識と応用に迫る! わかりやすい言葉でまとめました。

学校教育の現場において、国家権力と日教組の理念闘争が最も先鋭的に現れたのが、教科書検定とカリキュラムのあり方をめぐる論争だ。その中心に位置したのが、歴史学者・家永三郎が提起した家永教科書裁判である。約30年余りに及ぶこの法廷闘争において、日教組は家永を全面的に支援し、国の教科書検定が憲法違反であるとする主張を強力にバックアップした。

この闘争の根底にあったのは、初等中等教育の現場において「何を教えるべきか」の決定権を誰が持つのかという根源的な問いである。国側は文部科学省(旧文部省)が策定する学習指導要領に法的拘束力を持たせ、全国一律の教育水準と国家観を維持しようとした。対する日教組側は、教育基本法が保障する「教育の自由」を盾に、現場教員の自主性と子ども一人ひとりに寄り添うカリキュラム編成権を主張し続けた。

教科書裁判を通じて得られた数々の判決は、検定制度の裁量権を一部制限するなど一定の成果を収めたものの、結果として国家による教育内容の管理統制は強化されていった。1980年代後半以降、日教組の闘争路線は徐々に手詰まり感を強め、従来の対決路線から「対話と協調」への方針転換を余儀なくされていく。