長年パートナーとして共に過酷な戦場取材を重ねてきた佐藤和孝氏は、あの運命の日の出来事と、彼女が遺した精神について沈黙を破り語った。「彼女はただ悲劇を告発したかったのではない。そこに生きる人々の息遣いを、日常を奪われた人々の痛みを世界に伝えたかったのだ」と振り返る。
銃弾が飛び交う極限状態の中でも、彼女の観察眼は冷静であり、同時にどこまでも情に厚かった。佐藤氏は彼女の遺志を継ぎ、危険が伴う紛争地報道の現場に立ち続けている。その姿は、相棒を失った喪失感を抱えながらも、報道の灯を絶やすまいとする執念のあらわれでもある。