古墳時代の中期を迎えると、世界最大級の墳墓建築が日本列島に出現する。その筆頭格が、仁徳天皇の陵墓として伝えられる大仙陵古墳だ。巨大な前方後円墳の建設には、現代の膨大な土木工事に匹敵する人手と時間が費やされた。
日本古代史において、これほどのスケールを誇る国家事業を支えたのは、周辺地域から集められた莫大な数の民衆である。彼らは単に動員された労働者にとどまらず、土木技術者、金属加工職人、土器作りを担う師集団など、高度な専門職集団として組織化されていた。
大規模な建設工事の現場周辺には、作業員たちが寝起きする集落が形成され、食料供給のための物流ネットワークが張り巡らされていた。大巨墳の存在は、強大な王権の象徴であると同時に、整然とした社会組織とそれを維持するための緻密な経済活動が確立されていた証左にほかならない。