昭和の妖怪・岸信介は何をしたのか?満州から安保改定、残された功罪についての疑問解決ガイドをお届けします。

岸の政治家としての原点は、官界での頭角の現し方にあった。農商務省のエリート官僚としてキャリアを積んだ彼は、1930年代に満州国(現在の中国東北部)へ渡る。ここで彼は、満州国の産業開発を実質的に指揮する立場に就いた。

ソ連の5カ年計画に着想を得た重工業開発や統制経済のモデルは、彼ら「革新官僚」の手によって急速に推進された。巨大な資本と労働力を国家の統制下に置く手法は、驚異的なスピードで成果を上げたものの、その陰では現地の人々に対する過酷な搾取と強制労働が伴っていた。満州国でのこの膨大な成功体験と実験は、後の戦後日本の高度経済成長期における官僚主導型経済モデルの遠い原型となったとも言われている。