1952年、サンフランシスコ平和条約の発効直前に宣言された海洋主権線、いわゆる「李承晩ライン」。この一方的な境界線の設定は、日韓の間に決定的な亀裂を生み出した。
国際法上の根拠を欠いたまま設定されたこのラインにより、数多くの日本漁船が抑留され、竹島(韓国名:独島)の占拠という事態が引き起こされた。戦後の対日姿勢を決定づけたこの強硬策は、安全保障上の防波堤を築くと同時に、内政の不満を外へと逸らす政治的カードでもあった。半世紀以上が経過した現在も、領有権問題や歴史認識の相克として日韓関係の底流に残り続けている。