竹島をめぐる韓国の主張と歴史的根拠:未公開外交文書が明かす真相に関する注目トピックをまとめてご紹介します。関心のある方は必見です。

現代の領有権論争における最大のターニングポイントは、第二次世界大戦後の国際秩序形成期にさかのぼる。1951年に署名されたサンフランシスコ平和条約において、日本が放棄すべき地域から竹島が明確に除外された経緯を、日本国外務省は主張の正当性として強く前面に押し出す。アメリカ側との事前協議文案でも、竹島を日本領として扱う方針が複数回にわたり確認されていたからだ。

これに対し、戦後の混乱期にあった韓国側は激しく反発した。1952年、初代大統領の李承晩は突如として「海洋主権宣言」を発表し、いわゆる李承晩ラインを設定した。国際法上の根拠を欠いたまま設定されたこのラインの内側に竹島を取り込み、強行的な実効支配へと踏みきったのである。この果断とも言える一方的な措置が、今日まで続く根深い外交摩擦の引き金となったことは否定できない。