なぜ東大赤門は閉鎖されたままなのか?耐震改修の進捗と再開の真相の真相や最新動向に迫る! 専門的な視点でまとめました。

この門の歴史を紐解くと、江戸時代後期の壮大な権力構造と祝宴の記憶へと行き着く。文政10(1827)年、加賀藩主であった前田斉泰が、11代将軍徳川家斉の娘である溶姫を正室として迎える際、藩邸の正門として新築されたのが始まりだ。当時、将軍家から嫁ぐ姫君を迎えるための門は朱色に塗る掟があり、これが「赤門」と呼ばれる由来となった。

建築史における正式名称は旧加賀屋敷御守殿門である。江戸時代に多数建造された御守殿門の中で、度重なる大震災や戦禍を乗り越えて現存する唯一の遺構であり、その希少性は群を抜く。豪華絢爛な大名文化を今に伝える切妻造の建築美は、当時の加賀藩の威光を雄弁に物語っている。