朝の洗面所から響くドライヤーの音と、スプレーの微小な噴射音。何分経っても娘が出てこない。痺れを切らした親がドアを開けようものなら、「ちょっと今開けないで!」と怒号が飛ぶ。この前髪に対する異常なまでのこだわりは、大人の目には理解しがたい奇行に見えるかもしれない。
しかし、当事者である女子中高生にとって前髪は単なる髪型ではない。外界と自分を隔てる「心理的バリア」そのものなのだ。学校という濃密な人間関係の中で、他者からどう見られているかという恐怖。1ミリのハネが自分の全存在を否定されたかのような錯覚を生む。脳の扁桃体が過剰に反応する時期であり、自己対象化の視線が前髪という狭い領域に集中しているのだ。自尊心の防波堤と言ってもいい。