創業者である泰吉郎の死後、事業の舵取りは次男の森稔と三男の森章へと委ねられた。しかし、都市の文化やアート、生活の総合的再編を夢見る稔と、堅実な財務戦略と利回り重視の運用を掲げる章との間で、経営方針をめぐる対立が深刻化する。結果として一族のビジネスは二分されることとなった。
稔は森ビル株式会社を率い、情熱的な都市創造の道を邁進。一方、章は独立して森トラスト株式会社を設立し、巧みなポートフォリオ経営とホテル開発で確固たる地位を築いた。この兄弟による「分裂」は、一見すると骨肉の争いに見えながらも、結果的に都心再開発の競争を激化させ、東京という都市の多様な発展を加速度的に推し進める要因ともなった。