妊娠中に生のナチュラルチーズを控えるよう強く推奨される最大の理由は、「リステリア・モノサイトゲネス(Listeria monocytogenes)」による食中毒リスクにあります。リステリア菌は土壌や河川、動物の腸管などに広く生息する常在細菌であり、一般的な食中毒菌とは異なる特異な性質を持っています。その最たる特徴が、冷蔵庫の温度域(4℃以下)や高濃度の塩分環境下でも徐々に増殖できる点です。
健康な成人がリステリア菌を微量に摂取しても、無症状や軽度の胃腸炎、軽い風邪のような症状で自然に回復することがほとんどです。しかし、妊娠中の女性は胎児を異物として攻撃しないよう細胞性免疫が自然に抑制されているため、リステリア菌に対する感受性が健常時の約20倍に跳ね上がることが厚生労働省および国立感染症研究所の疫学データで明らかになっています。
母体が感染した場合、初期症状は38度前後の発熱、悪寒、筋肉痛、頭痛といったインフルエンザに酷似した状態が現れます。深刻なのは、リステリア菌が血液を介して胎盤を通過し、胎児へと到達してしまう点です。母子感染が成立すると、流産、死産、早産の直接的な原因となるほか、出生後の新生児に敗血症や化膿性髄膜炎、呼吸障害などの重篤な後遺症をもたらす危険性があります。これが、産婦人科医や公衆衛生機関が「非加熱チーズの回避」を口を酸っぱくして訴え続ける医学的背景です。
特にカマンベールチーズやブリーチーズ、ブルーチーズといった水分の多い軟骨系のナチュラルチーズは、製造工程で菌が増殖しやすく、欧米を中心に大規模な集団食中毒の発生源となってきた経緯があります。