初代ルパン山田康雄の軌跡|イーストウッド吹替から栗田貫一交代の真相に関する最新の話題を詳しく解説いたします。

山田康雄は1932(昭和7)年1月19日、東京都大田区に生まれました。早稲田大学第一文学部仏文科を中退後、演劇の世界へ飛び込み、1950年代後半に旗揚げされた名門劇団テアトル・エコーの中心メンバーとして台頭します。同劇団には熊倉一雄、納谷悟朗、井上真樹夫といった錚々たる顔ぶれが集い、洒脱なコメディ演劇で一世を風靡しました。

当時の俳優界において、声の出演は舞台俳優が演じる仕事の延長線上にありました。山田自身も終生「自分は声優ではなく舞台俳優である」という強烈なアイデンティティを持ち続け、マイクの前でも全身を使って芝居を構築するスタイルを崩しませんでした。

その軽妙な話術と知的なユーモアはテレビの世界でも高く評価され、日本テレビ系の伝説的オーディション番組『お笑いスター誕生!!』の司会を1980年から長年担当。とんねるず、ウッチャンナンチャン、ダウンタウンといった後の大スターたちを温かく、時に鋭いツッコミで見守る姿は、お茶の間に広く親しまれました。