この潮流を語る上で欠かせないのが、壇蜜と高岡早紀という二人の象徴的存在だ。彼女たちが見せつけるグラビアは、単なる露出の多寡を競うものではなく、まるで一本の短編映画を観ているかのような静謐な情緒を漂わせる。
壇蜜が醸し出す文学的な退廃美と、高岡早紀が放つ飾らない天真爛漫な艶。独占撮り下ろしの現場では、過剰なポージングの指示はほとんど飛び交わないという。写真家と被写体の間で交わされる呼吸、ふとした瞬間にこぼれ落ちる視線の揺らぎを逃さず切り取る。余計な装飾を削ぎ落とし、素肌と空気感だけで勝負する現場の緊張感こそが、読者の息を呑む名作を生み出す原動力となっている。