精神論や理念だけでは動かない現実政治において、両者を繋ぎ止めたのは極めてシビアな利害の一致だった。当時、幕府からの長州征伐を受けて兵糧不足と孤立に苦しんでいた長州藩に対し、薩摩藩は自らの名義で最新鋭の洋式武器や艦船を輸入・調達する仲介を行った。
一方、米不足に悩む薩摩藩へは長州藩から兵糧米が供給された。この前代未聞の商取引を取り仕切ったのが、龍馬の率いる亀山社中(のちの海援隊)である。理想の国家像を語り合いながらも、足元の軍需物資と物流を泥臭く手配したからこそ、薩長同盟は絵に描いた餅に終わらず、巨大な歴史の歯車を動かす実効性を持ち得たのだった。