日本中央競馬会(JRA)の競走馬セールにおいて、数千万円から億円単位の札束が飛び交うのは日常茶飯事です。良血とされるディープインパクト産駒や良質な輸入繁殖牝馬の仔であれば、1歳馬の段階で2億円以上の高値がつくことも珍しくありません。そうした華やかなセレクトセールの世界から遠く離れた北海道日高町のヤナガワ牧場で、キタサンブラックは静かに生を受けました。
父は三冠馬ディープインパクトの全兄であるものの、競走成績としては重賞1勝にとどまったブラックタイド。そして母シュガーハートは、脚元の不安から一度もレースを走ることなく引退した未出走馬でした。日高の関係者が当時の様子を振り返る取材記録によると、当歳時のキタサンブラックは「手足がひょろひょろと長く、馬格のバランスもお世辞にも見栄えがする体型ではなかった」と伝えられています。競走馬としての将来性を疑問視され、買い手がつかずに牧場に残っていたところへ訪れたのが、演歌歌手・北島三郎その人でした。
提示された購入価格は350万円。中央競馬の競走馬としては異例の安価です。しかし、牧場の柵越しにその馬を見た北島三郎は、周囲の評価とはまったく異なるインスピレーションを受けました。自著や当時の独占インタビューで、北島三郎はこう述懐しています。「馬房から顔を出したとき、目が本当に綺麗だった。澄んだ瞳でじっと私を見つめ返してきたんだ。『親父、僕を買ってよ』と言っているような気がした。顔立ちも男前で、スターの顔をしていた」。
馬主歴50年を超える北島三郎(馬主登録名義:有限会社大野商事)が馬を持つ理由は、単なる投資や名誉欲ではありませんでした。下積み時代に流した汗、人と人との義理と恩義を信条とする演歌の道と同様に、「馬も人も、縁とハートが一番大切だ」という揺るぎない信念があったからです。血統表の華麗さではなく、魂の通い合いを感じ取ったその瞬間、競馬史に残る下剋上のドラマの幕が上がりました。