創氏改名を正しく読み解くための最大の鍵は、「創氏」と「改名」が法制上全く別の手続きであった点、そして当時の日本と朝鮮半島における「名前」の概念の違いにあります。
朝鮮半島の伝統的な姓名文化では、父方の血統集団を表す「姓」と発祥の地を示す「本貫(ほんかん)」が絶対的な意味を持っていました。血族の純潔性を重視するため、結婚しても女性の姓は変わらない「夫婦別姓」であり、同姓同本(同じ姓と同じ本貫を持つ者)同士の婚姻は厳しく禁じられていたのです。ここでは、西洋や日本の苗字のように「家族全員が共通して名乗る家名」という概念は存在しませんでした。
これに対し、当時の大日本帝国憲法下の日本民法は「家」を社会の基礎単位としており、家族全員が同一の「氏(家名)」を名乗る「夫婦同氏」を原則としていました。そこで朝鮮総督府が導入したのが以下の2つの制度です。
- 創氏(新たな家名の創設):家族単位で名乗る新しい「氏」を定める制度。半年以内に届け出を行う「設定創氏」と、届け出がなかった場合に戸主の姓をそのまま氏とみなす「法定創氏」が定められました。
- 改名(個人の下の名前の変更):「金太郎」や「正男」といった日本風の個人名に変更する手続き。こちらは裁判所の許可と手数料(50銭)を必要とする任意の申請制度でした。
つまり、制度の主目的は朝鮮古来の「姓」を抹消することではなく、日本内地と同様の「家族単位の氏」を法律上新設することにありました。戸籍簿においても、従来の「姓」と「本貫」は備考欄に記録され続けていたのが法制度上の実像です。