歴史の転換点となった将軍たちの決断には、人間の泥臭い葛藤とドラマが凝縮されている。8代・徳川吉宗は、質素倹約を徹底させる一方で、新田開発や目安箱の設置、小石川養生所の設立など、民政の安定に強い情熱を注いだ。自身も粗末な綿着物を着て江戸の街を歩き、庶民の生の声を政治に反映させようとしたエピソードは有名だ。
一方、激動の幕末期に舵を取った14代・家茂と15代・徳川慶喜の苦悩は察するに余りある。わずか13歳で即位した家茂は、皇女和宮との婚姻を通じて公武合体に尽力したが、幕長戦争の最中に21歳の若さで病没。その跡を継いだ徳川慶喜は、フランスから近代兵器を導入して幕府機構の再編を図りつつも、討幕派の先手を打つ形で大政奉還を断行した。知略家として知られた慶喜の選択は、日本を内戦の破滅から救うための究極の博打だったと言える。