東京の灯よいつまでも誕生秘話|新川二朗が刻んだ昭和の光と影の最新情報を解説します。役立つ情報がチェックできます。

この名曲に魂を吹き込んだのが、石川県羽咋郡押水町(現・宝達志水町)出身の歌手、新川二朗でした。地元で民謡や浪曲に親しんで育った新川は、歌手を志して上京。流しやクラブ歌手として過酷な下積み生活を送り、1962年にレコードデビューを果たします。

しかし、デビュー当初は決定的なヒットに恵まれず、苦闘の日々が続きました。背水の陣で臨んだのが、デビュー3年目に吹き込んだ『東京の灯よいつまでも』でした。自らも地方から単身東京に出てきて辛酸をなめた経験を持つ新川の歌声には、作られた哀愁ではない、生々しいリアリティが宿っていたのです。

発売と同時に有線放送やラジオのリクエスト番組を通じて火がつき、売り上げは瞬く間に100万枚を突破。その圧倒的な支持を背景に、新川二朗は同年12月31日に放送された『第15回NHK紅白歌合戦』に念願の初出場を果たしました。当時の特番インタビューや手記において新川は、「スポットライトを浴びながら、下積み時代に見ていた東京の街の灯が脳裏に浮かび、声が震えそうになった」と述懐しています。