1970年当時、会場内には世界各国の最新技術と文化を競い合う独創的なパビリオンが林立していました。当時の1970年大阪万博 パビリオン一覧を振り返ると、東西冷戦の只中で繰り広げられた大国同士の競演が際立ちます。
連日5〜6時間待ちの長蛇の列を作ったのが、アメリカ館 月の石 展示です。前年の1969年にアポロ11号が持ち帰った本物の月の石を一目見ようと、記録的な群衆が押し寄せました。低重心のエアドーム構造を採用したアメリカ館に対し、鋭角的に天を突く赤と白の超巨大建築で対抗したのがソ連館 建築 デザインです。高さ約100メートルに達するダイナミックな折り紙のような造形は、社会主義の威信と宇宙開発の成果を誇示し、強烈なインパクトを残しました。
これらのパビリオンの多くは現存していませんが、大阪万博 パビリオン 現在の様子を調査すると、跡地は万博記念公園の広大な芝生広場(お祭り広場跡)や緑豊かな樹林帯へと再生されています。EXPO'70パビリオン館内では、これら失われた幻のパビリオン群の精巧な縮尺模型や当時の記録映像が高解像度で展示されており、当時の会場レイアウトを立体的に追体験することが可能です。