結婚生活から約4年半が経過した2009年4月、二人は正式に離婚を発表しました。親権は冨永が持ち、シングルマザーとしてのリスタートを切ることになります。当時、週刊誌各社は「収入格差による夫婦の歪み」「パーティの席で夫に土下座を強要した」といったセンセーショナルな見出しを掲げ、世間に大きな波紋を広げました。
しかし、こうしたゴシップの真相はまったく異なるものでした。冨永自身がのちに上梓した自叙伝『Ai 愛なんて 大っ嫌い』(2014年)やテレビのロングインタビューで告白した内容によると、騒動の発端は親しい友人たちとの私的な集まりにおける「内輪の悪ノリ」が、歪められて外部に漏洩したものでした。
夫婦喧嘩の延長で生じた冗談交じりのやり取りが、尾ひれをつけて「女王様気質によるモラハラ」かのように報じられたというのが事実に近い構図です。実際の離婚の決定打となったのは、以下の構造的な問題でした。
- 生活拠点の乖離と多忙:パリを拠点とする夫と、東京と欧米を往復し続ける冨永との間で、家族としての物理的な共有時間が極端に不足していた点
- プロフェッショナル同士のプライド:職人として妥協を許さない夫と、トップ表現者として妥協できない冨永の間で、家庭内における精神的な衝突が絶えなかった点
- 若さゆえの不寛容:20代前半という多感かつ未成熟な時期に重責を背負い、お互いを思いやる精神的な余裕を失っていた点
冨永は手記の中で「お互いに若く、相手を包み込むだけの器量が足りなかった」と率直に振り返っており、相手を一方的に断罪するような言葉は一切残していません。