ネット上で頻繁に交わされる「この男は将来ストーカー犯罪を起こすのではないか」という懸念ですが、楽曲の構造を精緻に読み解くと、実際はその対極にあることが分かります。
臨床心理学的な見地から分析すると、実際のストーカー加害者は「相手は自分を愛しているはずだ」という強烈な自己愛と他者境界の侵犯(メッセージの連投や待ち伏せなどの実力行使)を特徴とします。しかし、『高嶺の花子さん』の主人公が抱えているのは肥大化した自己愛ではなく、徹底的な自己否定と低い自尊感情です。
彼は「君から見た僕はきっと ただの植木鉢みたいなものだろう」と自嘲し、相手の視界に自分が人間として映ってすらいないことを痛烈に自覚しています。現実世界において彼女のテリトリーに一歩も踏み込めず、話しかけることすらできないまま、脳内だけで嵐を巻き起こして勝手に疲弊しているのです。つまり、この主人公は「他害性のあるストーカー」ではなく、誰にも迷惑をかけずに自分の脳内で感情を爆発させて自滅する「最も無害な弱者」に過ぎません。この決定的な差異を見落とした表面的なバッシングが、ネット上での誤解を助長しています。