歌舞伎界の内部には、一般の演劇界には存在しない公的な身分制度が残されています。役者たちは大きく分けて「名題下(なだいした)」、試験を経て昇格する「名題(なだい)」、そしてその上に立つ「幹部俳優(大幹部)」という厳格な階級制度の中に置かれています。
「名題」になるためには、所作やセリフ、歌舞伎の歴史に関する実技・筆記試験に合格しなければなりません。名題に昇進して初めて、舞台上で役名が看板に単独で記され、セリフのある大きな役を演じる資格を得ます。しかし、名門の家に生まれた「御曹司」たちは、幼少期から舞台に立ち、20歳前後の若さで特別なセレモニーとともに名題適任証を受け取るのが通例です。これは単なる優遇ではなく、幼少期から身体に芸を叩き込む「早期英才教育」を前提とした制度設計によるものです。
これに対し、一般家庭出身で国立劇場の歌舞伎俳優研修所などを経て入門した者は、まず幹部俳優の弟子となり、下働きや大部屋での生活からスタートします。そのなかで特に才能を認められ、師匠の「楽屋(控え室)」に入ることが許された弟子を「部屋子(へやご)」と呼びます。部屋子は師匠の身の回りの世話をしながら芸を間近で盗む特権を与えられますが、名題への昇格には何年もの下積みと過酷な試験を要します。
かつて坂東玉三郎が守田勘弥の養子・部屋子として歩み始め、後に人間国宝へと登り詰めた経緯や、片岡秀太郎の部屋子から養子となりトップランカーへと駆け上がった片岡愛之助の歩みは、梨園の歴史において極めて稀有な奇跡と称されます。血統主義という分厚い岩盤を突き破るには、常人の数倍に及ぶ修練と、観客を一瞬で魅了する天性の華が不可欠なのです。