歌舞伎界の家柄を理解するうえで、避けて通れないのが「成田屋(市川家)」と「音羽屋(尾上家)」の二大巨頭の存在です。双方は江戸歌舞伎の草創期から劇場文化を牽引してきましたが、その芸風と家格の成り立ちには決定的な違いがあります。
「成田屋」の祖である初代市川團十郎が創始した「荒事(あらごと)」は、超人的な力で悪を討つ江戸っ子の美意識そのものでした。市川團十郎家は歌舞伎の始祖的象徴として「宗家」と呼ばれ、歌舞伎十八番の選定や演目の独占権を持つなど、神格化された権威を帯びています。これに対し、「音羽屋」尾上菊五郎家は、江戸の町人の生活感や情念をリアルに描く「世話物(せわもの)」を得意とし、粋で繊細な江戸歌舞伎の神髄を体現してきました。
歴史的な格付けにおいて、成田屋は「別格の宗家」として君臨しますが、舞台表現の幅や芸の伝承という観点では、音羽屋、さらに上方歌舞伎の頂点である「松嶋屋(片岡家)」、重厚な時代物を得意とする「高麗屋(松本家)」が並び立ち、ピラミッドの頂点部を形成しています。
名跡(みょうせき)のランクは、単なる歴史の長さだけでなく、代々の当主が松竹の興行において「座頭(ざがしら=一座の責任者)」を務められる器であったかどうかによって定着してきました。中村勘三郎家の中村屋、尾上松緑家、坂東三津五郎家の大和屋などがそれに次ぐ名門として位置づけられています。