90年代中盤、大阪・難波にあった心斎橋筋2丁目劇場は、異様な熱気と殺伐とした空気が同居する聖地だった。女子中高生を中心としたアイドル的人気が過熱する一方で、ステージ上の芸人たちは血で血を洗うようなネタの削り合いを繰り広げていた。その中心でひときわ異彩を放っていたのが千原兄弟だ。
黒づくめの衣装に身を包み、マイクの前に立つジュニアの眼光は獲物を狙う猛獣そのもの。客に媚びるような笑顔など一切見せない。ウケなければ客のセンスを疑うような冷徹な視線を投げかけ、少しでも舞台上で段取りを乱す後輩がいれば容赦なく切り捨てる。まさに「触るもの皆傷つけた」時代である。
当時の彼にとって、笑いはコミュニケーションの手段ではなく、自らの存在証明であり、世界に対する復讐劇でもあった。観客を恐怖で縛りつけながらも、圧倒的な構成力とワードセンスで爆笑を奪い去る。劇場を支配するその姿は、単なる芸人の枠を完全に超え、サブカルチャーのカリスマとして若者たちを狂乱させた。