SNS上では、チケット代の値上げやアーティストの苦境が報じられるたびに「プロモーターやチケット会社が法外な中抜きをしているからではないか」「アーティストに正当な対価が渡っていない」という批判的な言説が飛び交います。しかし、興行の実態を精緻に検証すると、この「中抜き論」の多くは現場の財務構造を無視した誤解であることがわかります。
見落とされがちなのが、「安全管理と法令遵守(コンプライアンス)にかかる不可視のコスト」です。韓国・梨泰院での雑踏事故や国内外のイベント事故事例を受け、現在の興行現場では所轄警察・消防による警備基準が極めて厳格化されています。雑踏警備員の配置基準数は大幅に引き上げられ、避難誘導路の確保のために本来販売できたはずの客席(座席数)を削る「見切れ・デッドスペース」の確保も義務付けられています。
さらに、チケット不正転売防止法に基づく厳格な本人確認システムの導入や、顔認証システムのサーバー維持費、高負荷に耐えうるチケッティングインフラの構築など、安全・安心な運営を成立させるための「見えない防護壁」に莫大なコストが投じられています。イベンターが不当に利幅を抜いているのではなく、観客とアーティストの命を守り、興行を法的に成立させるための基礎コストが激増しているというのが客観的な事実です。
【プロの結論】音楽興行の持続可能性を保つための現実的な選択肢
音楽ライブ産業がこの構造的インフレを生き残り、文化として持続していくためには、売り手と買い手の双方が「これまでの常識」をアップデートしなければなりません。2026年現在の興行界において、成否を分ける分岐点は以下の3点に集約されます。
- 座席価値の適正な階層化(VIP・ダイナミックプライシングの受容):全席一律9,800円といった画一的な価格設定から脱却し、最前列や特典付き座席を3万〜5万円超に設定する一方、後方スタンド席を抑えめにする「応能負担型」の価格設計を標準化すること。
- 無理な巨大化を避けた「身の丈に合った興行設計」:ステータスのためだけに無理をしてアリーナやドームを押さえるのではなく、演出を削ぎ落としたホールツアーやZeppツアーで稼働率と利益率を最大化させる戦略的撤退の勇気を持つこと。
- ファンの「直接支援」チャネルの多様化:現地物販だけでなく、事前受注生産の公式ECサイト利用、有料ファンコミュニティへの加入など、中間コストが最小化された直接課金ルートを意識的に選択すること。