1985年11月20日、グランドプリンスホテル高輪の一室で開かれたドラフト会議。日本のスポーツノンフィクション史上、最も暗く重い影を落とした瞬間が訪れる。幼少期から憧れ続け、相思相愛と信じて疑わなかった読売ジャイアンツからの指名を待ちわびていた清原和博の前に告げられたのは、早稲田大学進学を表明していたはずの桑田真澄の単独1位指名だった。
会見場に現れた清原の頬を伝った大粒の涙は、テレビの生中継を通じて全国に衝撃を与えた。一方、指名を受けた桑田はバッシングの嵐に晒され、密約説が飛び交うなかで早稲田進学を撤回、巨人への入団を発表する。清原は失意のなか、強豪・埼玉西武ライオンズからの1位指名を受け入れ、パ・リーグの舞台へと旅立った。
盟友が一夜にして宿敵へと変わったあの瞬間、二人の間に走った亀裂は深かった。直接の対話が途絶え、メディアが煽る「裏切りと復讐」の構図の中で、それぞれが自らのバットと右腕だけを信じて孤高の戦いへと身を投じていく。