ネット検索において、「なぜ息子の名字が『鎌苅(貴闘力の本名)』ではなく『納谷』なのか?」「親権を失って家族はバラバラになったのではないか?」という疑問を持つユーザーが後を絶ちません。ここには、2010年に起きた角界の歴史的事件が深く関係しています。
野球賭博問題による解雇と元妻・美芳子さんとの離婚
2010年、日本相撲協会を揺るがした野球賭博問題が発覚。当時大嶽親方だった貴闘力は関与を認め、相撲協会から懲戒解雇処分を受けました。部屋を創設した大鵬の看板に泥を塗る形となってしまった事態を受け、貴闘力と妻・美芳子さんは協議の末に離婚を選択しました。
この離婚は、大嶽部屋の存続、そして何より大鵬の遺産と子供たちをスキャンダルの余波から守るための「苦渋の防衛策」という側面が強かったと報じられています。親権は母親である美芳子さんが持ち、子供たちは大鵬の生家である「納谷」姓を名乗り続けることとなりました。
「絶縁」は完全なデマ|水面下で続いていた親子の熱い絆
名字が変わり両親が離婚したことから、ネット上では「貴闘力と息子たちは絶縁状態にある」という根拠のない噂が一人歩きしました。しかし、これは完全な誤解です。
貴闘力は解雇後、焼肉店経営などで生活基盤を立て直しながら、影で息子たちの学費や相撲遠征費の工面に奔走しました。長男の幸男がプロレス界入りする際にも初代タイガーマスクに頭を下げて後押しし、弟たちが埼玉栄高校で活躍する姿を人目を忍んで観客席から見守り続けていたことが、関係者の証言で明らかになっています。大嶽部屋の現師匠(元十両・大竜)とも緊密に連携を取り合っており、家族の絆は解雇劇によって断絶するどころか、より強固なものへと昇華されていました。