なぜ海の真ん中に電柱が立ち並んでいるのか。この不思議な構造の背景には、有明海で営まれてきた人々の知恵と伝統的な漁業の歴史があります。
長部田海床路は1979年(昭和54年)に建設された、ノリ養殖やアサリ採貝を行う漁業者のための作業用道路です。有明海は潮が引くと広大な泥干潟が広がり、通常の船舶では岸に接岸できません。そこで干潮時でも沖合に停泊しているノリ採取船へトラックで近づき、収穫したノリや資材をスムーズに陸揚げできるよう、海底に一本のコンクリート道路を敷設しました。
電柱が並んでいる理由は、夜間や早朝に海上で作業する漁業者たちの航路を照らす街灯や、作業監視・給電のためのインフラとして送電線を引く必要があったためです。あくまで過酷な漁業現場を支える実用的なインフラとして誕生した施設が、自然の潮汐と融合することで、期せずして類まれな景観アートへと昇華しました。
この海中道路がSNS上で爆発的な話題となった大きなきっかけが、スタジオジブリのアニメーション映画『千と千尋の神隠し』に登場する「海原電鉄」の線路シーンに酷似しているという口コミです。どこまでも続く澄んだ水面に立つ電柱の佇まいは、観る者に強いデジャヴと物語の世界観を想起させ、「リアル千と千尋の神隠しの聖地」として若い世代や海外観光客の間で認知度を急速に高めました。