戸田恵梨香さんの家族史を語る上で避けて通れない出来事が、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災です。当時6歳、幼稚園年長だった恵梨香さんは、神戸市灘区の実家で激震に見舞われました。この地震によって、光憲氏が情熱を注いできた実家の自宅兼道場は無残にも全壊しました。
周囲が一瞬にして壊滅的な被害を受ける中、光憲氏が見せた行動はまさに武道家そのものでした。自身の家屋が崩壊する危機的状況でありながら、まず家族の安全を確保した直後、近隣の倒壊家屋から下敷きになった住民を救出するために奔走したと伝えられています。当時の緊迫した様子は、後年のドキュメンタリー番組や震災関連の特番インタビューで本人の記憶としても語られており、幼い恵梨香さんの目に焼き付いたのは「恐怖」以上に「どんな困難にも立ち向かい、他者を助ける父のたくましい背中」でした。
道場を失い、生活の再建すら危ぶまれる避難所生活の中でも、父親は絶望の表情を見せず、ユーモアを交えながら子どもたちを励まし続けました。「命さえあれば何でもやり直せる」という光憲氏の揺るぎない覚悟が、一家の絆をより強固なものにしたのです。この過酷な経験こそが、どんな逆境に立たされても決してブレない、戸田恵梨香さんの強靭なメンタリティを決定づけました。