突如として資産と地位を奪われた旧華族の家々は、日々のパンを稼ぐ術すら知らないまま、容赦のない弱肉強食の戦後社会へと放り出されました。太宰治が1947年に発表した小説の題名から、没落する元上流階級を指して「斜陽族」という流行語が生まれましたが、現実に起きていた生活の実態はフィクション以上に過酷なものでした。
当時の旧華族の手記や回顧録には、生活苦に直面した名門の人々が生々しい告白を残しています。ある伯爵家の当主は「お金の数え方すら知らず、買い物の経験もなかったため、闇市で法外な代金を請求されても言い値で払うしかなかった」と振り返っています。長年家政を取り仕切っていた執事や使用人が去った後、多くの当主や令嬢たちは着物や骨董品を一枚ずつ食料と引き換える「タケノコ生活(皮を一枚ずつ剥ぐように私財を売り食いする様)」を余儀なくされました。
自活を図ろうとした旧華族をさらに追い詰めたのが、世間知らずに付け込む詐欺師やブローカーの暗躍でした。「名門の信用」を担保に事業を持ちかけられ、名義貸しや無謀な投資によって多額の負債を背負わされる悲劇が頻発しました。名家所蔵の国宝級の古文書や茶道具が二束三文で買い叩かれ、古物商の手に渡っていったことも、この時期の痛恨の文化損失です。
さらに世間を震撼させたのが、数々の「没落事件」でした。莫大な財産税を納めるために先祖代々の大邸宅を競売にかけ、最後は借家住まいで孤独死した旧公家筋の当主や、借金苦から一家心中に追い込まれた名門子爵家の事例など、新聞の社会面を旧華族の悲惨なスキャンダルが飾る事態が日常化したのです。かつて皇族に準ずる礼遇を受けていた特権階級の誇りは、容赦ない生存競争の前で無残に打ち砕かれました。