全身に鮮やかな刺青を背負い、大衆から「いれずみ大臣」の愛称で親しまれた小泉又次郎。その生い立ちは、絵に描いたような波瀾万丈だ。1865年、横須賀の鳶職人・小泉由兵衛の次男として生まれた彼は、家業を嫌って軍人を志すも挫折。任侠の世界に身を投じ、その証として若き日に彫り込んだのが、かの有名な倶利伽羅紋々だった。
しかし、彼はただの無頼漢では終わらなかった。血気盛んな若者はやがて自由民権運動の洗礼を受け、ペンと弁舌を武器に社会の理不尽と戦う道を選ぶ。横須賀町議から神奈川県議を経て、1907年の衆議院補欠選挙で国政へ進出。そこから連続12回当選という途方もない記録を打ち立てた。
家族の系譜を紐解くと、彼の豪胆な血がどう受け継がれたのかがよく分かる。娘婿である小泉純也(元防衛庁長官)、そして孫の小泉純一郎、曾孫の小泉進次郎へと続く政治の血脈。理屈よりも直感を重んじ、ワンフレーズで民衆の心を鷲掴みにする「小泉劇場」の原液は、間違いなくこの男の血管を流れていた熱い血だ。