家康が最も信頼した側室・阿茶局の正体!大坂の陣と波乱の生涯を解くにまつわる興味深い視点を分かりやすく発信ます。

Q1:阿茶局は本名ですか?なぜ「阿茶」と呼ばれるのですか?
A1:本名は「須和(すわ)」などと伝わります。「阿茶局」という通称の由来には諸説あり、織田信長が家康を通じて彼女を呼ぶ際に愛称として名付けたという説や、足利義昭の御所言葉に由来する説などがあります。

Q2:阿茶局と築山殿(瀬名)や西郷局との関係はどうだったのですか?
A2:家康の正室・築山殿が亡くなった天正7年に阿茶局は側室となっています。西郷局(秀忠の実母)とは時期が重なっており、西郷局の急逝後は阿茶局が幼い秀忠を引き取って深い愛情を注ぎ、実質的な母として養育しました。

Q3:なぜ女性でありながら従一位という最高位を与えられたのですか?
A3:2代将軍・秀忠の娘である和子を入内させる際、朝廷との極めて繊細な儀礼や政治調整を完璧に仕切った功績が評価されたためです。武家の女性が朝廷から従一位を授かるのは極めて異例の栄誉でした。