甲斐野投手のキャリアを語る上で避けて通れないのが、度重なる右肘の故障との戦いです。ルーキーイヤーの2019年に65試合に登板し「侍ジャパン」としてプレミア12優勝にも貢献した代償は大きく、翌2020年は右肘靭帯の損傷と手術により登板ゼロという過酷なシーズンを過ごしました。
「投げられない時期が一番苦しかった」と本人が当時のドキュメンタリー取材で振り返ったように、懸命なリハビリとフォームの再構築が現在の土台となっています。従来の腕の力に頼るフォームから、下半身主導の連動性を意識した投球メカニクスへと進化させたことで、肘への負担を軽減しながらも150km/h台後半のストレートを維持することに成功しました。
西武移籍後もコンディション管理には細心の注意が払われており、トレーナー陣との密な連携による登板管理とウエイトトレーニングの継続が、年間を通じた高いパフォーマンスを支えています。