2007年、スティーブ・ジョブズがジーンズのポケットから取り出した1台のデバイスが、世界のパワーバランスを根底から覆した。「iPhone」の誕生である。
当初、国内の多くの関係者は冷ややかだった。「ワンセグも付いていない」「赤外線通信もできない」「電池が持たない」。しかし、彼らが見落としていたのは、端末そのもののスペックではなく「プラットフォームのオープン性」だった。世界中の開発者がアプリを供給するApp Storeの仕組みは、キャリアがコンテンツを厳格に管理する日本のビジネスモデルを瞬く間に陳腐化させた。
さらに、Googleが主導するオープンソースOSのAndroidが世界中の端末メーカーを巻き込み、怒涛の勢いで市場を席巻する。洗練されたタッチインターフェースとグローバル規模のソフトウェア開発競争の前に、閉じた国内市場に依存していた日本のフィーチャーフォンは急速に居場所を失っていった。ハードウェアの品質で勝っていても、エコシステムの勝負で敗れ去る。この苦い教訓は、日本の電機産業全体に強烈な爪痕を残すこととなった。