ジブリ映画『かぐや姫の物語』を鑑賞した誰もが息をのむのが、かぐや姫に横恋慕する帝の初登場シーンです。とりわけ横顔において顕著となる鋭利な下顎は、従来のスタジオジブリ作品が培ってきた親しみやすいキャラクターデザインの文脈から完全に逸脱しています。では、なぜあのような極端な造形が採用されたのでしょうか。
制作ドキュメンタリーや当時の関係者証言を紐解くと、そこには人物造形・作画設計を担当した田邊修と高畑勲監督による、平安絵巻の徹底的な咀嚼が存在します。平安時代の国宝絵巻『伴大納言絵詞』や『信貴山縁起絵巻』に描かれた貴族たちの肖像を観察すると、下膨れの輪郭に対して下顎が前方へ突き出た、いわゆる「受け口」「面長」の容貌が当時の高貴な美男子の記号として頻繁に用いられています。制作陣はこの古典的美意識を現代アニメーションの線画へ落とし込む過程で、写実とデフォルメの極限を模索しました。
高畑監督が意図したのは「美男子として描かれたはずの男が、観る者に与える生理的異様さ」です。帝は生まれた瞬間から地上の頂点として崇められ、万物が自分の意のままになると疑わずに育った存在です。その過剰な自意識、他者の感情を一切想像できない精神の歪みが、物理的な「尖り」として画面上に結晶化しています。単なる作画崩壊やウケ狙いではなく、権力者の内面を容貌そのもので告発する冷徹な記号論的アプローチだったことが分かります。