今治の街を歩くと、中華料理店のみならず市内約60店舗以上で提供されている焼豚玉子飯。そのルーツは1970年頃の中華料理店「五味鳥」のまかない飯に遡ります。当時、忙しい厨房で働く料理人たちが「早く、安く、ボリューム満点で旨いものを」と、余った焼豚の端肉と目玉焼きをご飯の上にのせ、煮詰めたタレをかけて食べたのがすべての始まりでした。
五味鳥の閉店後、そこで修行を積んだ料理人たちが独立し、それぞれのアレンジを加えてメニュー化。その中でも白楽天の創業者・初代店主が、大衆の味覚を徹底的に研究して完成させた甘辛タレこそが、現在の今治焼豚玉子飯のスタンダードを決定づけました。造船とタオルの街として栄え、せっかちで活動的な今治の職人たちの胃袋を素早く満たしたファストフード文化が、現代のローカルカルチャーへと結実した背景があります。
B-1グランプリでの上位入賞や数多くのテレビ特番への露出を経て、今治の家庭料理・労働者のパワーフードから「日本を代表するB級グルメ」へと押し上げた最大の功績者は、まさに品質と味のブレを許さず提供し続けた白楽天であると言えます。