他宗派において、初盆は「あの世から初めて自宅へ戻ってくる故人の魂をもてなし、供養する期間」と位置づけられています。四十九日を過ぎて初めて迎えるお盆だからこそ、念入りに準備を整えて法要を執り行うのが習わしです。
ところが、浄土真宗において新盆の法要を一般的な意味で「やらない」とされる背景には、宗祖・親鸞聖人が説いた「往生即成仏(おうじょうそくじょうぶつ)」という中心教義が存在します。往生即成仏とは、阿弥陀如来の本願を信じる者は、現世の命を終えた瞬間に極楽浄土へ生まれ変わり、直ちに仏となるという考え方です。
霊となって現世をさまよったり、冥土を旅したりする期間が存在しないため、年に一度だけあの世から魂が帰ってくるという前提そのものが成り立ちません。霊魂を慰め、極楽へ行けるよう後押しする「追善供養(ついぜんくよう)」の概念自体がないため、「霊を迎えるための初盆行事は一切行わない」という結論に至ります。決して「故人を軽視して何もしない」のではなく、すでに仏となって遺族を見守ってくれているという絶対的な救いの教えに基づいているのです。