そもそも、なぜ痛ましい児童行方不明事件が起きるたびに、残された「母親」が標的にされてしまうのでしょうか。この背景には、日本社会に根強く残るジェンダー観と、人間の認知バイアスが深く関係しています。
社会心理学において指摘されるのが「公正世界仮説(Just-World Hypothesis)」の歪んだ発現です。人間は「何の罪もない子どもが、何の前触れもなく突然消え去る」という理不尽な不条理に直面すると、強い恐怖と精神的不安定さを覚えます。その結果、無意識のうちに「被害者側にも何か落ち度があったのではないか」「母親の監視不足や家庭環境に問題があったに違いない」と理由をこじつけ、自分自身を安心させようとする心理機制が働きます。
さらに、昭和・平成から続く日本の「母性神話」――すなわち「子どもを守るのは母親の絶対的責務である」という過度な規範意識が、母親に対する過剰なバッシングや疑念の引き金となってきました。
【プロの結論】家族社会学と心理的バウンダリーから見出すべき教訓
家族問題や被害者心理を専門とする臨床心理士や社会学者の知見によれば、未解決事件の被害家族が直面する苦痛は「我が子を奪われた喪失体験」と「社会からの二次被害(セカンドビクティマイゼーション)」という二重の地獄です。
部外者が「母親が怪しい」「なぜ目を離したのか」と指を差す行為は、健全な心理的バウンダリー(自他の境界線)を著しく逸脱した侵害行為にほかなりません。他者の不幸を消費し、無責任な正義感を振りかざすネットの病理に対して、受け手である一般読者側が「情報を見極めるリテラシー」を持つことが強く求められます。
事件の取材現場に立ち会ってきた報道記者として導き出せる結論は極めて明快です。客観的証拠のない憶測はすべて暴力であり、私たちが注視すべきは「不審なデマ」ではなく、「未だ帰らぬ被害者と、その帰りを待ちわびる家族の人権」そのものです。