「縁起の良い高貴な柄」であったはずの唐草模様が、なぜ泥棒のシンボルとなってしまったのでしょうか。その理由は、泥棒がわざわざ唐草模様を選んで愛用していたからではなく、「どの家庭にも必ず置いてある生活必需品だったから」という当時の世相にあります。
明治時代に入ると、化学染料の普及と紡績技術の発展により、丈夫で大判の木綿風呂敷が大量生産できるようになりました。当時、最も売れ筋だったのが「緑地に白の唐草模様」です。丈夫で見栄えが良く、おめでたい柄であることから、明治から昭和30年代にかけて「日本のほぼ全世帯に最低1枚は唐草風呂敷がある」という空前の普及率を記録しました。
当時の空き巣は、盗品を入れる大袋を持たずに手ぶらで家に忍び込みました。大袋を持って歩いていては怪しまれるためです。そして、ターゲットの家にあるタンスの引き出しを開け、一番上に置かれていた大判の唐草風呂敷を広げ、家財道具を包んで背負って逃走しました。どの家に入っても唐草風呂敷があったため、結果として泥棒が背負って逃げる姿が定番化したのです。
この防犯上の現実を当時の新聞挿絵や大衆演劇、昭和のテレビコントや漫画(『サザエさん』やギャグマンガなど)が「泥棒=唐草模様の風呂敷包み」というアイコンとして記号化したことで、本来の高貴な意味を知らない世代にもコミカルなイメージが固定化しました。