キンプリが事実上の分裂に至った最大の引き金は、結成当初から共通の夢として掲げていた「海外進出への想いと時間的猶予の捉え方」における決定的な乖離でした。ジャニー喜多川氏の悲願でもあった海外進出を誰よりも強く背負っていた平野紫耀は、20代半ばを迎え、「もう遅いかもしれない」という強い焦燥感に直面していました。
公式会見やファンクラブ向けの動画でメンバーが吐露したキンプリの方向性の違いは、単なる口実ではありませんでした。具体的には、以下のような根本的な意識の差異が存在していました。
- 平野紫耀の脱退理由:「目標としていた海外活動に全力で挑むには、年齢的に今が最後のチャンスである」という危機感。国内でのトップアイドルに安住することへの強烈なジレンマ。
- 岸優太の退所理由:パフォーマンス技術を極限まで高め、海外で通用する表現者になりたいというストイックな追求心と、自身のスキル不足に対するもどかしさ。
- 神宮寺勇太の脱退理由:「誰か1人でも辞めるならグループ活動は終了する」と心に決めていた連帯責任感と、平野らの熱意に寄り添い共に新たな地平を目指す決断。
- 永瀬廉・髙橋海人の残留理由:応援してくれる国内ファンを第一に考え、築き上げたグループの歴史と名前を泥臭くても守り抜くという矜持。
ネット上では「メンバー間の確執」や「仲間割れ」といったセンセーショナルな噂が幾度となく取り沙汰されましたが、現場取材や当時の証言を精査しても、キンプリの不仲説の真相は完全な虚構であることが裏付けられています。彼らは殴り合いの喧嘩をしたわけではなく、むしろ互いの人生と信条を極限まで尊重し合った結果として、痛みを伴う「別々の道」を選んだのです。