ファンや世間に計り知れない衝撃を与えたキンプリ脱退理由。彼らが公式に語った言葉と、その背後にある芸能ビジネス・環境的要因を紐解いていくと、単なる思いつきや短絡的な離脱ではない、深い苦悩が浮かび上がってきます。
1. 岩橋玄樹の脱退経緯:心身の健康と向き合った誠実な決断
2018年10月、デビューからわずか5か月でパニック障害の治療のために活動休止を発表した岩橋玄樹さん。幼少期から患っていた持病との闘いは過酷を極めました。一部活動再開が報じられた際も再度休養に入るなど一進一退を繰り返し、最終的に2021年3月末をもってグループを脱退、事務所を退所しました。
岩橋玄樹の脱退経緯において特筆すべきは、メンバーやファンへの誠実さです。「これ以上待たせ続けることはできない」「自分の病気と正面から向き合い、新しい一歩を踏み出したい」という本人の強い意志を受け、5人のメンバーも涙ながらにその門出を支持しました。グループを離れた後も、メンバーカラーである「濃いピンク」への愛着やメンバーへのリスペクトは変わらず、決して後ろ向きな離脱ではなかったことが窺えます。
2. 平野紫耀の脱退理由:世界進出へのタイムリミットとジャニー氏への誓い
2022年11月4日夜、公式ファンクラブ動画で発表された平野紫耀の脱退理由は、日本中に震撼をもたらしました。動画内で平野さんは「目標としていた海外進出を目指すにあたり、今のスピード感や環境では全力で取り組んでももう遅いと感じた」と、飾らない言葉で吐露しました。
故・ジャニー喜多川氏から直接「世界を目指せ」と薫陶を受けていた平野さんにとって、20代後半という年齢はアスリートのようにシビアなリミットでした。ダンス、歌唱、表現力のすべてにおいて世界照準のスキルアップを望んでいた彼にとって、国内向けの王道アイドル活動と海外展開の二兎を追うことの難しさが、脱退への引き金となりました。
3. 神宮寺勇太の現在の活動へと繋がる「メンバー第一」の覚悟
「国民的彼氏」と称され、グループのバランサー役を担っていた神宮寺勇太さん。彼の脱退理由は、平野さんや岸さんとはまた異なる独自の美学に裏打ちされていました。過去のインタビューでも「誰か1人でも欠けたらキンプリではない」と公言していた神宮寺さんは、仲間が脱退を決断した事実を受け止め、「自分も一緒に辞める」という道を選びました。グループの絆を誰よりも神聖視していたからこその選択であり、その揺るぎない覚悟が神宮寺勇太の現在の活動における芯の強さとなっています。
4. 岸優太のTOBE移籍:主演映画を全うしたプロ根性と次なる表現への挑戦
リーダーとしてグループを精神的に支えてきた岸優太さんは、脱退発表後もすぐに事務所を離れることはありませんでした。主演映画『Gメン』の公開とそれに伴うプロモーション活動が2023年秋まで控えていたため、責任を持ってすべての仕事を完遂した上で2023年9月30日に退所。その後、10月に岸優太のTOBE移籍が正式発表され、Number_iとして合流を果たしました。バラエティで見せる親しみやすさとは裏腹に、表現者としての向上心は誰よりも貪欲であり、海外でのパフォーマンス挑戦への強い渇望が彼を突き動かしました。