寛一郎を語るうえで避けて通れないのが、三國連太郎という巨大な怪物の存在だ。三國と佐藤浩市の親子関係は、かつて激しい確執と長い断絶の歴史を刻んだことで知られる。映画の現場で互いをライバルとして意識し、何年も口を利かなかった時期すらあった。
しかし、寛一郎の世代になると、その呪縛めいた緊張感は緩やかな敬意へと昇華されている。幼少期の寛一郎は、祖父の膝の上で可愛がられて育った。本人は当初、役者になる気など毛頭なく、高校卒業後は将来を模索してアメリカ留学を経験している。周囲からの過剰な期待を避けるように過ごした青年期。だが、ロサンゼルスで浴びるように映画を観るなかで、自らの内に眠る表現への衝動に気づくこととなった。
偉大な祖父と父。その血の濃さに抗うのではなく、逃げずに受け止める覚悟を決めた瞬間、役者・寛一郎が誕生した。