大相撲中継を見ているファンの多くが驚嘆するのが、「幕下以下の力士には給料が一円も出ない」という現実です。現役力士約600名のうち、関取と呼ばれる十両以上はわずか1割強。残る9割近い力士は、法規的にも経済的にも「給与所得者」ではありません。
なぜ幕下以下は無給なのか。その根本的な理由は、日本相撲協会の組織規定において、幕下以下の力士が「プロの正協会員」ではなく「力士養成員(修行中の身)」と定義づけられている点にあります。一般企業でいえばインターンや研修生のような身分であり、相撲の修行に励む対価として衣食住を提供される代わりに、労働対価としての月給は発生しないという建前が採られています。
その代わりに支給されるのが、奇数月に開催される本場所ごとの「場所手当」です。
- 幕下:1場所あたり 16万5,000円(年間約99万円)
- 三段目:1場所あたり 11万円(年間約66万円)
- 序二段:1場所あたり 8万8,000円(年間約52万8,000円)
- 序ノ口:1場所あたり 7万7,000円(年間約46万2,000円)
年間100万円に満たない手当だけで、成人男性が自活することは物理的に不可能です。ここで機能するのが伝統的な相撲部屋のシステムです。相撲部屋における生活費の負担は原則として部屋持ちであり、稽古場、大部屋の寝床、ちゃんこをはじめとする膨大な食費、水道光熱費、巡業の移動費に至るまで親方(相撲部屋)が負担します。力士養成員は私生活の自由や個室を持つ権利を制限される代償として、生存コストをゼロに抑えて相撲に没頭できる環境が整えられています。
過去の特番インタビューや引退力士の手記では、「幕下時代は財布に数百円しか入っておらず、後輩の付け人を務めて関取から貰う小遣いや、勝ち越し時の金一封だけが唯一の遊興費だった」という生々しい告白が幾度となく語られています。十両昇進で個室が与えられ、付け人を従え、月給110万円を手にする瞬間を、力士たちが「地獄から天国への脱出」と表現するのは決して誇張ではありません。