本作を語る上で欠かせないのが、歌唱を務めた三波春夫の壮絶な半生とデビュー経緯です。新潟県三島郡越路町(現・長岡市)出身の三波は、16歳で浪曲師「南條文若」として名乗りを上げ、その天賦の才で早くから頭角を現していました。しかし、第二次世界大戦によって召集され、終戦後はソ連軍による約4年間に及ぶシベリア抑留という過酷極まる極寒の強制労働を経験します。
飢えと寒さで仲間が次々と命を落とす絶望的な収容所生活の中で、三波を支え続けたのは「生きて再び舞台に立つ」という強い意志と芸への情熱でした。昭和24年(1949年)に奇跡の復員を果たした後は再び浪曲の世界へ復帰しますが、伝統芸能の枠を超えた新しい大衆音楽の可能性を模索し始めます。
その圧倒的な美声と正確無比な歌唱力に目をつけたテイチクレコードの関係者によってスカウトされ、昭和32年(1957年)6月、34歳という当時としては異例の遅咲きでリリースされたのがデビューシングル「チャンチキおけさ」(B面は「船方さんよ」)でした。浪曲仕込みの伸びやかなコブシと、満面の笑みをたたえたステージングは瞬く間に日本中を席巻し、200万枚を超える驚異的なメガヒットを記録することになります。