冷戦構造が固定化しつつあった激動の時代、日本の世論をいかに親米・反共へと導くかは米国政府にとって最優先の安全保障課題だった。その中心人物として選ばれたのが、読売新聞を急成長させていた正力松太郎である。ワシントンの国立公文書館に保管された機密解除アーカイブから浮き彫りになるのは、一人のメディア経営者が米国の情報機関と結んだ極めて濃密な協力関係だ。
文書が示すのは、単なる情報交換のレベルをはるかに超えた生々しい記録である。資金援助や技術供与の見返りとして、どのような世論工作が日本国内で展開されたのか。正力は自らの野望と米国の世界戦略を巧みに合致させ、新聞とテレビという二大媒体を掌中に収めることで、誰も抗えない巨大な情報帝国を築き上げた。その全貌は、私たちが信じる「戦後民主主義の発展」という物語に鋭い一石を投じている。