そもそも彼女の名が全国に知れ渡ったのは、2009年に発覚した首都圏連続不審死事件である。婚活サイトを通じて知り合った複数の男性から多額の金銭を詐取し、用済みとなった相手を練炭中毒によって死に至らしめた容疑で逮捕された。直接的な証拠が乏しく、状況証拠の積み重ねによって争われた裁判は難航を極めた。
しかし、第一審、第二審ともに死刑判決が下され、最終的に最高裁判所も上告を棄却。死刑が確定した。一連の裁判過程で明かされた彼女の容姿や巧みな心理戦、被害者男性たちの孤独につけ込む手口は、当時の日本社会に強烈な不気味さと教訓を残した。